2017年10月31日 更新

発明王エジソン VS 天才テスラ|電流戦争を振り返る

現在世の中で使われている電気のほぼほぼすべては交流の電気である。しかし電気が普及した時に交流に猛反発したのが、何を隠そう発明王のエジソン。そこにはどんな経緯があったのか?

3,466 view お気に入り 0

赤コーナー、エジソン

 (61603)

エジソンといえば「天才とは99%の汗(努力)と1%の直感」で有名な発明王。彼の発明した物を列記してみると、白熱電球(フィラメントには京都八幡男山付近の竹の繊維も使用)・蓄音機・映画撮影機・電話の炭素送話器・アルカリ蓄電池などなど・・・。 エジソンが特許の数は1200以上もあり、<メロンパークの魔術師>とあだ名されました。
誰もが知っている世界の発明王。

ちなみにあの名言は、「どんな人でも努力が大事」という意味で捉えられるケースが多いが、本当は「1%の直感がないやつは努力してもダメ」という意味なので悪しからず。

青コーナー、テスラ

 (61602)

テスラはオーストリア出身のセルビア人で、電気技師としてアメリカに渡り、エジソンの経営するエジソン電灯に採用された。ここで、電機事業展開を直流にするか交流にするかで、エジソンと対立して退社する。
テスラは、大学在学中にすでに、交流発電機と交流モーターの原理を考案していた。
知名度では完全にエジソンに負けるが、実は稀代の天才、二コラ・テスラ。

交流の安全性を示すために、電気バチバチの下で本を読む姿は有名ですね。

そもそも名前が格好良すぎて…。

事の発端は…

 (61623)

テスラがエジソン電灯に入社した当時、エジソンは既に研究者・発明家として実績を積み重ねており、テスラがエジソンに対して憧れや敬意を持って就職したのだとしても何ら不思議はない。給与未払いなどの話も残るが、一般的に両巨人の確執は主に「直流と交流との確執」から始まるとされている。

エジソンは工場の(エジソン好みの直流用に設計された)システムをテスラの交流電源で動かすことが出来たなら、褒賞5万ドルを払うと提案した。直流の優位性・安全性また交流の難しさなどを考慮したうえでの発言だったが、テスラはこれに対して成功させた。しかし交流を認めたくないエジソンは褒賞の件を「冗談」で済ませたため、テスラは激怒し、その後退社することになる。
自分が発明した直流を守りたいエジソン。
新しい技術、交流を世に広めたいテスラ。

ここから二人のバトルは始まってしまうわけです。

結果は交流の圧勝

 (61624)

両者が発明家・電気技術者としてのプライドをかけた「電流戦争」は、結果的には、テスラの推進した交流の優位性が示され、現在の送配電システムでは、世界的に交流が主流となっている。
30 件

関連する記事 こんな記事も人気です♪

この記事のキュレーター

山岡ソースケ 山岡ソースケ