2017年1月1日 更新

フィリピンに眠る「山下財宝」は都市伝説か?|戦後70年を経た旧日本軍埋蔵金に過熱

過去TBSテレビ「日本人だけが知らないワールド謎ベンチャー」で放送された日本軍の隠し財宝「山下財宝」を覚えていますでしょうか?フィリピンに終戦時埋められたとされる埋蔵金。“マル福金貨”とも言われる説も、都市伝説なの?戦後70年を経ても、未だ世界中から訪れる地で、比政府が法規制を!

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旧日本軍の埋蔵金「山下財宝」

フィリピンで最も有名な日本人の名前は「ヤマシタ」であると言われる。ヤマシタとは、日本陸軍第14方面軍司令官、山下奉文大将のことである。
「ヤマシタ・ロード」「ヤマシタ・トレジャー(山下財宝)」と、ヤマシタを知らないのは日本人かもしれません。フィリピンの方だけではなく、世界中からトレジャーハンター達がやってきて今でも惹きつけられています。
山下大将は1945年9月2日、ルソン島北部山岳地帯のイフガオ州キアンガンの山中から数少ない側近とともに山を下り、村の小学校で降伏を申し出た。
この日をもってフィリピン戦線は終戦を迎えたため毎年9月2日を「戦勝記念日」としてフィリピン国民は戦争終結を祝う。また、キアンガンでは10年ごとに「ヤマシタ将軍降伏記念式典」が開かれている。
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戦後70年を経たフィリピンで「旧日本軍が隠した」とされる伝説の財宝探しが続いている。去年フィリピンの海底から「戦艦武蔵」が発見されたこともあり、再び賑わいを見せているのだ。
※去年とはもう2017年に年明けしたので、正確には2015年に見つかったのです。

「山下財宝」にある2つの説

一つは、太平洋戦争中にビルマ方面で日本軍が徴発、接収した金塊などの宝物を日本へ海路輸送する計画があり、シンガポール、フィリピンを経由したところで戦争が終結、フィリピン国内に密かに隠したという説。
終戦後に引き上げようとしたところ、関係者が戦犯として処刑、もしくは全員亡くなったために、在処の情報が失われたとされています。
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もう一つは、大量の物資を調達するために日本からフィリピンに空輸され、マニラ市内に保管された金貨があり、その数は2万5000枚にのぼるという説。
金貨については、当時情報参謀を務めた堀栄三氏が自身の著書に残している記述があるといいます。
アメリカに対抗するため、フィリピンの華僑系財閥から協力を得ようと空輸。
空輸された2万5000枚は、「マル福と刻印された特製の金貨」だったといいます。
米軍がマニラに迫ったために山下将軍の司令部とともに金貨も北上、一時司令部が置かれたルソン島北部山岳地帯にあるベンゲット州バギオ市を経てルソン島山岳部を転々とし、一部は各地の部隊に配布されたといわれているが、終戦のどさくさでその行方は不明となったままとされている。
山下財宝 - Wikipedia

山下財宝 - Wikipedia

終戦後、入手の経緯は不明ながら、1950年(昭和25年)に日本国内でマル福金貨1枚を換金した者が出た。当時の価格で3万円になったという[1]。
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