2018年2月1日 更新

”卍LINE”窪塚洋介トークショー「9階から落ちてから人生のセカンドシーズンが始まった」

1995年に俳優としてデビューしてから、幾多の伝説を残してきた窪塚洋介さん。俳優として人気絶頂だった2004年には自宅のマンションの9階から飛び降りたが、奇跡的に一命を取り留めた強運の持ち主。そんな窪塚洋介さんが1月27日、都内で開催されたトークショーに登場し、過去現在未来について窪塚流トークを炸裂しました。

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俳優としてキャリアを確立し、2017年は自身が大ファンだという、巨匠であるマーティン・スコセッシ監督作品の「沈黙-サイレンス」で、ストーリーの重要人物であるキチジロー役として出演したのも記憶に新しい。

2006年からは、レゲエ卍LINEではレゲエシンガーとしても活躍している。
多彩な才能を自由に操る窪塚洋介さんの、俳優としての顔、シンガーとしての顔、そしてお父さんとしての顔についてそれぞれ語ってもらった。
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「フリージャンパーの窪塚洋介です」と登場

トークショーの司会を務めたのはラッパ狩リヤのMr.Qさんと、ラッパーとしても活動の幅を広げている松宮さんの2人。
窪塚洋介さんに、「カッコ良いオヤジとは?」についてインタビューしました。

Mr.Qさんー窪塚くんが芸能界の世界に入ったきっかけとは?

中学校卒業の時に、母の友人が当時の事務所の社長と知り合いで、僕を紹介してくれた。それでじゃあやりましょうってなったのが15歳。最初は、発生練習などをマンツーマンでレッスンしてもらったり、公園や街に行って、急に映画設定して演技を始める訓練をしたり。最初は羞恥心とか照れとかあったんですけど、なんともないようになってきて、むしろ褒められることに集中できるようになりましたね。演技する時のノウハウを1年間叩き込まれた。

どんな子供時代を送っていましたか?

子供時代は普通のサラリーマンの家庭で育ちました。18歳の時もエピソードも何もないくらい普通で、中途半端な青春時代だった。でもいま思うと、そんな中途半端な自分だったから、いろんな役ができたんだと思う。自分自身がきっとシンプルだったので、なんでもできた。中途半端な自分だったから。
でも、3歳とか4歳の時、テレビでヒーローものを見ていて憧れる延長上で、いつかこっちの世界に入って見たいなと思っていましたね。

一番最初の仕事は図書館のビデオだった

図書館のビデオでこうやって本を返しましょうって撮影が一番最初の仕事だった。
それから金田一少年の事件簿の1話だけでてくる深町くんの役がデビュー作で、デビュー作で死んでいるんですよ。これめっちゃ不吉だなって思ったけど、デビュー作で死ぬ奴は大成するっていうのを信じてやっていたのを思い出しますね。
オーディションも受けまくり、落ちまくってた頃もありました。
ある時から、オーディションも受かり出すようになってきてコツがわかってくるというか、相手が求めているものに答えられるようになってくる。
コマーシャルのオーディションなんかも多分こういうの見たいんだろうかとか、この人たち喜ぶんだろうなって、アプローチした。GTOもオーディションで役をもらった。
役者はその人のフリをして人を騙す仕事、心底騙せたらいい役者ってことですから。
僕は昔から仲の良い親友がいるんですけど、当時結構連ドラ出ていた時、周りからちやほやされたんですが、そいつからは一切何もなかった。でも「ピンポン」のペコ役で出演した時、親友は漫画が好きだったから、漫画も読んでいて、「あれ、めちゃ良かった。ほんとにペコにみえた」っていうんですよ。
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socialzine編集部 socialzine編集部