2017年12月25日 更新

「軍艦島は地獄の島」ではなかった事実を主張する元島民の証言とは?

「長崎在日朝鮮人の人権を守る会」が編集・出版した『軍艦島に耳を澄ませば 端島に強制連行された朝鮮人・中国人の記録』。そこには、強制連行されたと言う朝鮮じんの姿が描かれていると言うが、果たして本当に強制連行されていたのだろうか?

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朝鮮人労務者と一緒に作業した旧島民の証言とは

一般財団法人「産業遺産国民会議」は23日までに、ホームページで2015年に世界文化遺産に登録された長崎市の端島(はしま)炭坑(通称・軍艦島)で朝鮮人労務者と一緒に作業した旧島民などの証言を収めた動画を公開した。
端島の誤解を広めるきっかけとなった「長崎在日朝鮮人の人権を守る会」が編集・出版した『軍艦島に耳を澄ませば 端島に強制連行された朝鮮人・中国人の記録』や、長崎市にある「岡まさはる記念長崎平和資料館」で配布されているパンフレットなどを取り上げて反論している。

「誰が軍艦島の犠牲者なのか」

「一日一二時間〜一六時間まで炭坑労働する中、食べ物は豆かすで作ったおにぎり二つが全部だった。栄養失調で倒れる人が多かった。お腹がすいてよく動けなくて炭車の間で挟まって死んだ人もいた」
戦争のころは皆食べるものがなかった。
事故もあったとは聞くが、最善の努力をしていたようだ。

『軍艦島 古写真でトークショー』開催!

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11月下旬、秘境探検家カメラマンの酒井透さんと軍艦島伝道師の黒沢永紀さんとのコラボでトークショーが開催されました。
この2人は、長崎の歴史を知りつくした専門家です。
端島では、朝鮮人が住んでいた場所は、日本人が住む場所からも近かったので、
差別というようなことはなかったといいます。
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当日は、軍艦島に興味のある方が大勢集まりました。
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ゲストには、当時端島で数ヶ月間働いたことのある方を招き、当時の生活の様子などを語ってもらいました。
高橋さんが端島に住んでいた時に一番つらかったのは、「せんべい布団の匂いの臭さ」だったと話す。
部屋には、何人もの人が寝たであろう布団が置いてあって、新品ではなく、使い古した布団で寝ていたんだとか。
その時の匂いは今でも忘れる事が出来ないほど、汗と油の匂いがこびりついていたと言います。
「臭くて眠れないときもあったが、仕事で疲れて帰ってくると疲れすぎて眠りにつく感じで、とにかく生きていると実感出来た数ヶ月だった。カメラも好きで、よく撮影もしていましたね」
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socialzine編集部 socialzine編集部


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