2017年3月14日 更新

朝鮮出兵した豊臣秀吉は本当に錯乱や妄想だったのか?実は用意周到な構想の説も・・・

天下統一を果たし、朝鮮出兵を行い、海を越えた侵略を進めた豊臣秀吉。朝鮮出兵は死が確実に近づいている豊臣秀吉の錯乱や妄想、思い付きという解釈も専門家の中であります。しかし、中には朝鮮出兵が用意周到な豊臣秀吉が考えた世界への構想だった。そんな話があるのです。

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●なぜ豊臣秀吉は朝鮮出兵を考えたのか?

織田信長が「本能寺の変」によって非業の死を遂げると、後を引き継いだ豊臣秀吉は、立ちはだかる敵対勢力を一挙に制圧し、ついに天下統一を果たします。
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明智光秀の陰謀により本能寺で死んだ織田信長。
その意志を継ぎ、織田信長が成し遂げることができなかった天下統一を果たした豊臣秀吉。

全国の戦国大名は豊臣秀吉の下に着き、日本をどう変えていくか?
当時の人はこう思ったかもしれません。

しかし、豊臣秀吉の戦国時代はまだ終わっていないようです。
海の先にある朝鮮出兵という「文禄・慶長の役」が始まったのです。

体調が確実に衰え、死が近づきつつある豊臣秀吉。
天下統一を果たし、日本での土台作りを先にしていれば徳川家康のように子孫が歴史に残ったかもしれない。
なぜ、朝鮮を目指したのでしょうか?
Q1. 「文禄・慶長の役」って何ですか?
国内統一を果たし天下人となった豊臣秀吉が、全国の大名を大量動員し、1592年から1598年にかけて2度にわたって朝鮮国(現在の韓国、北朝鮮)に攻め込んだ戦争です。
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現在の韓国と北緒戦に攻め込んだ豊臣秀吉。
この戦争は1592年から1598年にかけて2度にわたって行われました。
最初の1回目の戦いを「文禄の役」、2回目の戦いを「慶長の役」と教科書で習った人も多いでしょう。
Q7. 朝鮮出兵では、「加藤清正の虎退治」が有名ですね。
そうですね。発端は、加藤清正の家臣が何者かに惨殺されたことです。
「犯人が虎だ」と判明するや、彼は自慢の槍でその虎を追い込み、一騎打ちでこれを仕留めたと伝わっています。ただ、実際に使った武器は槍でなく、鉄砲を用いた集団での巻き狩りだったようです。
専門家の中には朝鮮出兵を「豊臣秀吉の錯乱」が原因。
そういう人もいるようです。

しかし、用意周到でホトトギスの歌にも名前を残している豊臣秀吉。
朝鮮出兵した目的として「東南アジア交易の独占支配」を企んでいた可能性があります。

明の特産品を交易で莫大な利益を生み出す。
当時の日本は明との貿易は止まっていましたが、かなりの利益を生み出してたようです。

その計画に気づいたのは豊臣秀吉ではありませんでした。
いったい誰が豊臣秀吉に明を中心とした貿易の儲け話を企画したのでしょうか?
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その、「明国侵攻を最初に発案した人物」とはズバリ、秀吉の主君だった「織田信長」です。
Q11.「明征服の最初の発案者」は織田信長だった、と?
はい。信長は「貿易の重要性」を早くから認識しており、対明貿易の復活に向け、朝鮮にその仲介を依頼する交渉を続けていました。
その人物とは織田信長だったようです。
キリスト教の宣教師などを中心に海外事情に精通していた織田信長。

明との貿易が高い利益を出すことを知っていたのです。
しかし、自分の利益が少ないことが気に食わず、いずれ明を制服する。
そう織田信長は豊臣秀吉を中心とした家臣に宣言していたようです。

そんな織田信長が死亡し、天下統一を達成した豊臣秀吉。
もしかしたら、遠い昔の織田信長の言葉を思い出し、朝鮮出兵したのかもしれません。
そう思うと歴史のロマンを感じます。
 織田信長と豊臣秀吉、秀次が、志摩国鳥羽(現三重県鳥羽市)で水軍として活躍した九鬼家に宛てた印状4通が神戸市の民家に保管されていることが分かり、調査した神戸大が9日までに発表した。朝鮮出兵の際に、着物を与えて激励したことや、敵船を乗っ取った手柄を褒めた内容が記されている。
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 日本と中国との戦争というと、日中戦争ばかりを思い浮かべがちだが、両国は663年の白村江の戦い、豊臣秀吉による朝鮮出兵に伴う明との戦争などを含め、これまで5回も戦火を交えている。いずれも、朝鮮半島における勢力争いがその始まりだった。
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