2017年8月9日 更新

KGDR(キングギドラ)K DUB SHINEさんのトークライブ開催

日本のヒップホップシーンに多大な影響を与えたKGDR(キングギドラ)。ファースト・アルバム『空からの力』(95年)が2015年に20周年記念エディションとして復刻。そして2016年12月21日には7年ぶりのニューアルバム「新日本人」をリリースしたK DUB SHINEさんを招き、今後のヒップホップの展望について伺いました。

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K DUB SHINEさんがZEEBRAに日本語によるラップを聞かせたところ意気投合し、1993年に結成したヒップホップグループ”キングギドラ”は日本のヒップホップシーンに多大な影響を与えました。
そんなヒップホップ界のカリスマKGDR(キングギドラ)のK DUB SHINEさんのトークライブがスタートです。

まずは、カッコ良い大人の定義についてお聞きしましたよ♪

K DUB SHINEさんにとってカッコ良い大人の定義とは?

「かっこいい大人の定義は、音楽を違法ダウンロードしない人だね」
「そして二十歳は謙虚にしてればいい。おっさんも謙虚のほうがいいと思うよ。俺も若い頃より謙虚になりました。今までより、聴く耳を持つようになったね」と話すK DUBさん。
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中学の頃から、海外の音楽を聞いたり映画を観たり、NIKEやリーバイスなどファッションに目覚めたというK DUBさん。
近所に外国人が住んでいてよく声をかけたり、なんとなくアメリカ人を身近に感じ、すぐ友達になれるんじゃないかなと感じてたそうです。
「東京にいると、大阪や北海道に行って面白いことがあるって思わなかったから、外に出るならアメリカかなと思った。でも、最初に行ったフロリダは全然ド田舎だったから、とんでもないところ来ちゃったなと思ったね」
高校生の頃に渡米し、すでに2ヶ月ほどで、現地の高校生と会話できるようになったといいます。
さすがK DUBさんですね。

黒人解放指導者のマルコムXを崇拝

K DUBさんが崇拝しているというマルコムXは、米国の黒人公民権運動家で、アメリカで最も著名で攻撃的な黒人解放指導者として知られています。1965年2月、39歳の時に、NOI教団の暗殺指令を受けた信者により銃殺されました。
壮絶な人生を走り抜けたマルコムXは多くの格言を残しています。
我々の目的は、
いかなる手段をとろうとも、
完全な自由・正義・平等を確立することだ。
人種差別こそ
我々が直面させられているものだった。
このことは宗教を越えた問題である。

表現者として喜怒哀楽を表現するのは当然

「音楽と政治を絡めるということに関して、意見が分かれてるよね。
日常の中の現実っていうのは結果で、それを音楽で表現するのは当たり前のことだから、それは楽しいことでも悲しいことでもむかつくことでも、怒ってることでも、理不尽なことでも、世の中に対してどうなんですかって問うことが必要だと思う。
表現者として喜怒哀楽を表現できなかったら、未熟だよね。音楽で社会や現実を言葉にできない人は、作詞しないほうがいい」
とても重みがあるお言葉ですね。

「Run-D.M.C」のことしか考えられないくらいにハマった2年間

87年には、カッコいいラップがどんどん出てたので、ラップにハマっていたというK DUBさん。
「ラップ好きでレコードを買ったけど、ターンテーブルはまだ持ってなくて、普通のレコードプレーヤーでレコード聴いて、DJやりたいなって思ったのが、88年くらいだったね。そしたらZEEBRAとか、家がお金持ちだからターンテーブル2個持って、レコード2枚使いとかやってるわけですよ。こいつら3こも年下なのにはえーなと思ってね。
88年〜90年はZEEBRAもまだDJで、家に行くと2枚使いとかスクラッチやっていた。
ZEEBRAとの出会いは俺が16歳で、あいつが13歳くらいの時、友達の後輩でね。最初はコッタさんと呼んでくれてたんだけど、いつの間にかコッタくん、今じゃコッちゃん。まあいいんだけど(笑)」
Run-D. M. Cは、1982年ニューヨークで結成されたアメリカの3人組ラップ・グループ。
ラップ・ミュージックがロック・ファンにも広く受け入れられる契機をつくった最初のグループとして知られ、強い影響力を持っていました。
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socialzine編集部 socialzine編集部